お笑いコンビ「たくろう」のボケ担当・赤木裕さん。最近では林遣都さんとの“滋賀県人会”での共演が話題となり、どんな関係なのか話題になっています!

うさ
うさ
たくろうの赤木裕と林遣都の関係や出身/年齢/身長等プロフィールも知りたい~

本記事では、そんな赤木裕さんと林遣都さんの関係から、赤木さんの出身地や身長・年齢、さらには趣味や特技、学生時代の学歴までを詳しくご紹介します。

赤木さんの人柄や芸風のルーツが垣間見える内容になっていますので、ファンの方も初めて知る方も必見です!

たくろう赤木裕と林遣都の関係は?

お笑いコンビ「たくろう」のボケ担当・赤木裕さんと、俳優・林遣都さん。

ジャンルは違えど、それぞれのフィールドで活躍するふたりは、実は同じ中学校の出身です。

このエピソードが広く知られるようになったのは、2020年10月17日放送のラジオ関西『よしもと☆のびしろアワー「たくろうのマックスラジオ」』でのこと。

番組冒頭、赤木さんが出身中学での思い出を語る流れの中で、

自分の1つ上の学年に林遣都がいた

という話が飛び出し、リスナーの間で話題に!

同じ中学校の先輩後輩

つまり、先輩後輩の関係ということです。

さらに、1つ下の学年には元モーニング娘。の光井愛佳さん、卒業生には吉本新喜劇の末成映薫さん(旧芸名:末成由美)がいるということで、「どんだけスター輩出する中学なん!?」と驚かされました。

赤木さんが通っていたのは滋賀県大津市立打出中学校です。

滋賀県の中でも比較的大規模で、地元では部活動も盛んで知られています。

赤木さん自身も野球部に所属しており、学生時代は空手や草野球も経験。

実際、林遣都さんも中学時代に野球部に所属しており、彼の映画『バッテリー』(2007年)のデビュー作にも通じるバックグラウンドがあります。

助手
助手
直接的な接点こそなかったようですが、校内で姿を見かけたことがある可能性は十分にありそうですね。

2024年6月17日にTBS系列で放送された特番『熱烈歓迎!もてなし旅 ニッポン初体県』では、そんな二人が「滋賀県人会」のメンバーとして同じ番組に出演

この番組は、まだ行ったことのない都道府県を初体験する芸能人を、地元出身の有名人が“おもてなし”するという内容で、滋賀県編では林遣都さんがリーダーを務め、たくろうの赤木さん、くっきー!(野性爆弾)、桂三度さんらが登場しました!

この番組での共演は、滋賀県出身芸人・俳優としての誇りと地元愛を再確認する機会になったようで、視聴者からも「滋賀のスターたちが豪華すぎる!」という声が多数ありました。

赤木さん自身も、自身の公式X(旧Twitter)で中学時代の先輩・林遣都さんとの滋賀県人会共演について投稿しており、嬉しさと懐かしさをにじませていました。

ちなみに、番組内での絡みは少なめだったものの、共演という形で画面を共有すること自体が大きな出来事です。

うさ
うさ
同じ中学出身というだけでなく、同じ県人会のメンバーとして出演したことで、ファンの間では「もっとがっつり絡んでほしい!」「地元コントとか見てみたい」など、次なるコラボを期待する声も高まっています。

考えてみれば、漫才師として感情の機微を描く赤木さんと、俳優として繊細な表現を得意とする林遣都さんは、どこか似たような空気感を持っている気がしますよね♪

2人とも穏やかな表情の中に情熱を秘めているタイプで、「静かなる熱」を感じさせます。

赤木さんはラジオやインタビューで「ONE PIECEのゾロが好き」と語ることも多く、芯の強さを持ったキャラに惹かれる傾向があるようです。

くま
くま
そういった意味でも、林遣都さんと価値観が近い部分がある?のかもしれません。

以上、たくろう赤木裕さんと林遣都さんの関係性についてご紹介しました。

同じ中学校、同じ滋賀県人会、そしてそれぞれの道で努力して成功しているという事実。

偶然のようで必然にも思えるこのご縁、今後のメディア共演やトーク番組などでの深掘りが待たれますね!

たくろう赤木の高校や中学・大学はどこ?学歴まとめ!

独自の雰囲気と、舞台での“シャツインスタイル”が印象的な赤木さんですが、彼のキャラクターや価値観を形作ってきたのは、まさにこれまでの学歴と学生時代の経験だと言えるでしょう。

今回は、赤木さんの出身中学・高校・大学について、公式に確認できる情報や本人発信の内容をもとに、エピソードを交えながら徹底解説します!

小学校は2校を経験

赤木さんは滋賀県大津市の出身です。

本人のWikipedia情報によれば、小学校時代には野洲小学校から平野小学校へ転校しているとのことで、複数の学校でのびのびと育ったことがわかります。

小学生時代から空手と野球に取り組み、早くからスポーツマンとしての一面を持っていた赤木さん。

今でも舞台上で見せる俊敏さや反射的なボケは、この頃の基礎体力と集中力が活かされているのかもしれませんね。

中学は?芸能人輩出の“スター中学”

赤木さんが通っていた中学校は、滋賀県大津市立の打出中学校

実はこの中学、地元ではちょっとした有名校。というのも、

  • 1つ上の学年には俳優・林遣都さん
  • 1つ下の学年には元モーニング娘。・光井愛佳さん
  • 卒業生には吉本新喜劇・末成映薫(旧名:末成由美)さん

など、そうそうたる顔ぶれが在籍していた学校なんです。

赤木さん自身もラジオ番組で「中学の先輩に林遣都がいた」と語っており、当時からその存在感を感じていた様子。

2024年にはTBS系バラエティ『ニッポン初体県』でも林さんと“滋賀県人会”として共演し、「同じ中学出身で、今やそれぞれの分野で活躍している姿が感慨深い」と話題になりました。

助手
助手
中学時代の赤木さんは、野球部に所属し、まっすぐに部活動に取り組む真面目な生徒だったそうです!

高校は光泉高校!選手からマネージャーに転向した理由

赤木さんの進学先は、滋賀県草津市にある私立の光泉高校(現在は光泉カトリック高校)

ここでも野球部に所属していましたが、なんと高校3年生でマネージャーに転向

うさ
うさ
選手としての限界を感じつつも、チームに貢献しようと決意した姿は、彼の責任感の強さを物語っているように感じます。

このときの経験が、現在のネタ作りにも活かされているのではないでしょうか?

冷静に全体を見渡しつつ、自分にできるベストな動きを探す——

マネージャーという立場は、まさにその訓練の場だったとも言えそうです。

そして赤木さんは現在、滋賀の高校野球を今も応援していて、趣味のひとつに「滋賀の高校野球観戦」を挙げています。※出典:吉本興業公式プロフィール

大学は京都産業大学!

高校卒業後は京都産業大学へ進学。

大学時代もやはり草野球チームに所属し、スポーツを通じた人間関係と表現の土台を築いていきました。

さらに注目なのは、大学時代にはすでに地元の同級生と漫才をライブハウスで披露していたという点です。

まだNSCにも入っていない頃から、舞台で「人を笑わせる快感」に目覚めていたのです。

※出典:note「The origin of Laugh」

たくろう赤木の経歴!

ここからは赤木さんの経歴を見ていきましょう。

たくろう赤木のNSC時代の活動履歴

今でこそM-1準決勝やNHKコンテストで注目される実力派コンビ「たくろう」ですが、その原点ともいえるのが赤木さんのNSC(吉本総合芸能学院)時代の足跡です。

赤木さんはNSC大阪校36期生(2013年ごろ入学)として入学し、本格的にお笑いの世界へ飛び込みました。

NSCに入学する前から、赤木さんは地元・滋賀でライブハウスの合間に漫才を披露していたという経験を持ち、お笑いに対する熱量は当時から相当なものだったと推測できます(出典:CH FILESインタビュー)。

NSC在学中には、何度かコンビを結成・解散を繰り返しており、「あぶりぽンズ」や「ムミムシュウ」などの名前で活動していました。これらのコンビでの活動は、主にNSCの校内ライブや劇場オーディション、ネタ見せイベントなどに参加していたとされます。

ただし、これらのコンビはいずれも長続きせず解散。

当時からネタに対するこだわりが強かった赤木さんの芸人としての方向性に、周囲がついてこられなかったのかもしれません。本人は「M-1に出たい」と強く語っていたそうで、その熱意が逆に難しさを生んでいた可能性もあります(出典:Wikipedia)。

その後、赤木さんは一時“ピン芸人”状態となり、相方不在のまま卒業後の活動を模索していた時期があります。

きむらバンドとの出会い

その頃、NSCの1期下にあたる37期生の「きむらバンド」さんが授業アシスタントのアルバイトをしていた際に、

「めちゃくちゃおもしろいけど余っている先輩がいる」

と耳にしたのが赤木さんだったのです。

当時の赤木さんはすでにいくつかのコンビ解散を経験し、ネタの実力はありながらも“相方がいない逸材”として存在していたようです。

この評判を聞きつけたきむらさんが、直接声をかけてコンビを組む流れに至ります。

興味深いのは、二人の出会いがNSC内での上下関係や紹介ではなく、「噂話をきっかけにしたスカウト」に近かったという点。

うさ
うさ
NSCでは珍しくない上下関係ですが、きむらさんはあくまで赤木さんの“芸人としての中身”に惹かれたと語っています。

またコンビ名「たくろう」の由来も独特で、赤木さんの好きなイチローと、きむらさんの好きな木村拓哉を組み合わせたもの。

これもどこか反骨精神というか、既成概念にとらわれない柔軟さを象徴しているように感じます。

赤木さんにとって、NSC時代はまさに“鍛錬と模索”の連続だったわけですが、それが今のコントでも漫才でも通用するネタの設計力に繋がっていることは間違いありません。NSCを「通過点」ではなく、「実戦の場」として全力で取り組んでいたからこそ、数年後に賞レースで名を連ねる実力者になったのではないでしょうか。

若手芸人の多くが「NSC卒業で一旦落ち着く」中、赤木さんは解散を重ねても舞台に立ち続けました

この粘り強さと現場主義こそが、今のたくろうを支えていると言えるでしょう。

たくろう赤木の賞レースでの戦績を徹底整理

たくろう赤木さんは、M-1グランプリだけでなく、ABCお笑いグランプリNHK賞レースytv漫才新人賞など、数々のステージで実力を示してきました。

以下にその詳細な戦績を表で整理します!

主な全国賞レースでの実績

大会名 年度 結果 備考・出典
ABCお笑いグランプリ 2018年 決勝進出 出典:ABC公式
今宮戎マンザイ新人コンクール 2018年 新人漫才福笑大賞 受賞 出典:Wikipedia
NHK上方漫才コンテスト 2019年 本選出場 出典:ナタリー
NHK新人お笑い大賞 2019年 決勝進出 出典:Wikipedia
R-1グランプリ(赤木) 2023年 準決勝進出 出典:R-1公式

ytv漫才新人賞決定戦での実績

大会回 年度 結果 備考・エピソード
第8回 2019年 準優勝 大健闘で注目度上昇
第10回 2021年 4位(ROUND2 1位通過) 赤木「ここまで来たらやるしかねえな」
出典:ナタリー
第11回 2022年 6位(ROUND2 2位通過) コンスタントな実力発揮
第13回 2024年 5位(敗者復活) 粘り強く結果を残す

実績の積み重ねが「芸人力」の証明に

こうして振り返ると、たくろう赤木さんは2016年以降、ほぼ毎年どこかの賞レースで成果を残していることが分かります。

特に注目すべきは、準々決勝以上の進出回数が10回以上にのぼることです。

派手な優勝こそないものの、安定して決勝・準決勝クラスの成績を収めている点は、業界内での信頼度や評価の高さに直結しています。

また、赤木さん個人でのR-1準決勝進出という実績は、コンビだけでなく“個”でも戦える芸人としての実力を証明するもの。

特にネタ構成や演技力の高さが光るポイントであり、今後のソロ活動への期待も高まります。

何よりも特筆すべきは、これらの実績すべてが“継続的な挑戦”の中で積み上げられてきたということです。

くま
くま
短期的なブレイクではなく、賞レースを舞台に自らの芸風を磨き、じわじわとファン層と実績を築き上げてきた姿は、まさに“芸歴で語れる芸人”の一人でしょう。

この記事のまとめ

たくろうの赤木裕さんは、滋賀県大津市出身で、俳優・林遣都さんと中学時代に先輩後輩の関係だったことが話題になっています。

共に「打出中学校」の出身で、2024年にはTBSの番組『ニッポン初体県』で“滋賀県人会”として共演し、そのご縁が再び注目されました。

また、赤木さんのプロフィールには個性的で親しみやすい魅力が詰まっています。

  • 出身地:滋賀県大津市
  • 年齢:34歳(1991年10月24日生まれ)
  • 身長:171cm、体重:48kgとかなりスリム
  • 趣味:野球、ONE PIECE、滋賀の高校野球観戦
  • 特技:ペン回し、歌、空手の板割り
  • 小中高と野球部、大学では草野球に所属
  • 京都産業大学卒業後にNSC大阪37期で芸人デビュー

学生時代から人を楽しませることに興味があった赤木さんは、野球と笑いを両立させながら現在の芸風を築いてきました。

人柄の良さや地元愛、芸への真摯な姿勢など、知れば知るほど応援したくなる存在ですね。

今後の活躍や林遣都さんとのさらなる共演にも期待が高まります!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!