塩貝健人のwikiプロフィール!慶應からブンデス・W杯日本代表までの経歴
2026年W杯日本代表に選ばれ、9月のウルグアイ戦で代表初ゴールを決めた塩貝健人選手。
この記事では、塩貝健人選手のwikiプロフィールと、大学時代から現在までの経歴を時系列で紹介します。
- 塩貝健人のwikiプロフィール
- 年齢・身長・出身地・現在の所属
- 慶應義塾大学から海外へ渡った経歴
- 横浜F・マリノス、NEC、ヴォルフスブルクでの歩み
- 2026年W杯出場から日本代表初ゴールまで
塩貝健人のwikiプロフィール
後輩が結果を出した時に、
誰よりも嬉しそうな上田綺世。
こういう先輩、いいよなぁ🥹🇯🇵塩貝のゴールも最高だったけど、
上田の人間性にも拍手👏✨ pic.twitter.com/7tVESCEgdU— ブルーロック&Soccer (@robotadviser1) September 27, 2026
日本代表で初めて塩貝健人選手を知った人に向けて、まずは年齢・身長・出身地・ポジション・現在の所属など、基本プロフィールを整理します。
2005年生まれの21歳ながら、すでにブンデスリーガとワールドカップを経験しているFWです。
| 名前 | 塩貝健人(しおがい けんと) |
|---|---|
| 生年月日 | 2005年3月26日 |
| 年齢 | 21歳(2026年9月現在) |
| 出身地 | 東京都 |
| 身長 | 180cm |
| 体重 | 77kg |
| 血液型 | O型 |
| ポジション | FW |
| 所属 | VfLヴォルフスブルク |
| 背番号 | 7(加入時発表) |
塩貝健人の年齢は21歳
塩貝健人選手は2005年3月26日生まれで、2026年9月現在21歳です。
2024年1月に横浜F・マリノスへの加入内定が発表された時点では、まだ慶應義塾大学1年生でした。
そこからわずか2年余りで、オランダ、ドイツ、日本代表へと舞台を変えています。
21歳という年齢を知ると、ここ数年のキャリアの進み方がより際立ちます。
塩貝健人の身長・体重は180cm・77kg
塩貝健人選手の身長は180cm、体重は77kgです。
180cmのサイズがありますが、ヴォルフスブルクが獲得時に挙げたのは、スピード、インテンシティ、強いプレッシングでした。
VfLヴォルフスブルク公式でも、そうした特徴がクラブに合う選手として紹介されています。
体格だけで勝負するFWではなく、動きの速さや前線での強度も持ち味になっています。
→ 塩貝健人の特徴やプレースタイルはこちらで詳しく紹介しています。
塩貝健人の出身地は東京都
塩貝健人選手の出身地は東京都です。
育成年代ではバディSC江東、横浜FCジュニアユースなどでプレーし、その後は國學院大學久我山高校へ進みました。
高校卒業後にすぐプロ入りしたのではなく、慶應義塾大学へ進学した後に評価を一気に高めていったところが、塩貝選手の経歴のおもしろい部分です。
塩貝健人の現在の所属はVfLヴォルフスブルク
🇯🇵海外リーグ日本人応援⚽️#ヴォルフスブルク🇩🇪
TEAM CAM📹#塩貝健人
チームに合流📸 @VfL_Wolfsburg pic.twitter.com/F32VGPog0P
— Jリーグ・海外日本人選手応援Navi (@roboj_football) July 30, 2026
現在はドイツ・ブンデスリーガのVfLヴォルフスブルクでプレーしています。
2026年1月20日、NECナイメヘンからVfLヴォルフスブルクへの移籍が発表されました。
契約は2030年6月30日まで。大学サッカーから数年でブンデスリーガまで進んだことになります。
塩貝健人の経歴まとめ
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塩貝健人選手の経歴をたどると、大学進学後の数年間で環境が大きく変化していることがわかります。
高校、大学、J1、オランダ、ドイツ、そして日本代表までの流れを時系列で見てみましょう。
| 時期 | 所属・主な出来事 |
|---|---|
| 小学生 | バディSC江東などでプレー |
| 中学年代 | 横浜FCジュニアユース |
| 高校 | 國學院大學久我山高校 |
| 2023年 | 慶應義塾大学へ進学 |
| 2024年 | 横浜F・マリノス加入内定・特別指定選手 |
| 2024年 | NECナイメヘンへ移籍 |
| 2026年 | VfLヴォルフスブルクへ移籍 |
| 2026年 | FIFAワールドカップ2026日本代表に選出 |
| 2026年9月 | ウルグアイ戦でA代表初ゴール |
特に大きな転機となったのが、2027年からの横浜F・マリノス加入が決まっていた中で、大学卒業を待たず19歳で海外へ渡ったことです。
塩貝健人は國學院久我山から慶應義塾大学へ進学
塩貝健人選手は國學院大學久我山高校で全国高校サッカー選手権を経験した後、慶應義塾大学へ進学しました。
大学1年で得点王・新人賞・ベストイレブンを獲得したことが、その後のプロ入りへつながる大きな節目になります。
國學院久我山高校で全国高校サッカー選手権に出場
塩貝健人選手は國學院大學久我山高校で全国高校サッカー選手権に出場しています。
高校3年時には背番号10を背負って第101回全国高校サッカー選手権大会に出場し、大会優秀選手にも選ばれています。
高校時代から注目されていましたが、卒業後すぐにプロへ進むのではなく、慶應義塾大学を選びました。
→ 塩貝健人の高校・大学など学歴はこちらで詳しく紹介しています。
慶應義塾大学1年で得点王・新人賞・ベストイレブン
慶應義塾大学では1年生から活躍し、関東大学サッカーリーグ3部で得点王・新人賞・ベストイレブンを受賞しました。
2023年に慶應義塾大学へ進学すると、1年目から得点力を発揮しました。
関東大学サッカーリーグ3部で得点王・新人賞・ベストイレブンを獲得。
高校時代から評価されていたものの、大学1年で残した結果によって、プロへの道が一気に近づいていきます。
塩貝健人は大学1年で横浜F・マリノス加入内定
慶應義塾大学で結果を残した塩貝健人選手には、大学1年の段階で早くもJ1クラブから声がかかります。
2024年1月、2027年シーズンから横浜F・マリノスへ加入することが決まり、特別指定選手としてJ1の舞台も経験しました。
2027年の横浜F・マリノス加入が大学1年で内定
2024年1月、慶應義塾大学1年時に2027年シーズンから横浜F・マリノスへ加入することが内定しました。
横浜F・マリノス公式は2024年1月25日、2027年シーズンからの加入内定とJFA・Jリーグ特別指定選手への認定を発表しました。
本人も発表時、大学1年という早い段階での決断は難しかったと振り返りながら、プロになる夢への第一歩として決断したことをコメントしています。
大学卒業までまだ3年ほど残る段階で、すでにJ1への進路が決まっていたことになります。
特別指定選手としてJ1で7試合1得点
特別指定選手として横浜F・マリノスでプレーし、J1リーグ通算7試合1得点を記録しました。
正式加入は2027年の予定でしたが、大学在学中からJ1の舞台を経験しました。
横浜F・マリノス公式によると、2024年8月31日時点のJ1通算成績は7試合1得点です。
すでにJ1で実戦経験を積んでいた一方、この年の夏にはさらに大きな進路変更を選びます。
塩貝健人は横浜FM加入前にNECナイメヘンへ海外移籍
横浜F・マリノスへの加入が決まり、特別指定選手としてJ1にも出場していた塩貝健人選手。しかし、大学卒業後の正式加入を待たず、2024年夏に進路を大きく変えます。
19歳でオランダのNECナイメヘンへ渡り、約1年半で公式戦42試合14得点を記録しました。
横浜F・マリノスの加入内定を解除して19歳で海外へ
塩貝健人選手は2024年8月、2027年の横浜F・マリノス加入内定を解除し、19歳で海外挑戦を選びました。
横浜F・マリノスは2024年8月31日、特別指定選手認定と2027年シーズン加入内定の解除を発表しました。
大学1年で決まった3年先の進路を変更し、19歳で新しい環境へ飛び込むことになります。
すでに決まっていたJ1への道から、より早いタイミングで欧州挑戦へ切り替えたことは、キャリアの大きな転機でした。
NECナイメヘンで約1年半に42試合14得点
NECでは約1年半で公式戦42試合14得点を記録しました。
NEC公式によると、2024年夏の加入からヴォルフスブルクへ移籍するまでの約1年半で公式戦42試合14得点を記録しています。
初めての欧州挑戦で出場機会を得ただけでなく、得点という結果を残したことが次のステップにつながりました。
リーグ11得点はすべて途中出場から記録
NECで記録したエールディヴィジ11得点は、すべて途中出場した試合で生まれています。
NEC公式は、リーグ戦11得点のすべてを途中出場時に記録したと紹介しています。
「途中から塩貝が入れば試合が動くかもしれない」と期待したくなる数字です。
限られた出場時間でもゴールにつなげる力は、その後の日本代表での活躍にも重なって見えます。
塩貝健人は20歳でブンデスリーガ・ヴォルフスブルクへ
NECナイメヘンで得点を重ねた塩貝健人選手は、2026年1月にさらに大きなステップアップを果たします。
移籍先はドイツ・ブンデスリーガのVfLヴォルフスブルク。まだ20歳での移籍でした。
2026年1月にVfLヴォルフスブルクへ完全移籍
2026年1月20日、20歳でNECナイメヘンからVfLヴォルフスブルクへ移籍しました。
VfLヴォルフスブルク公式は、2030年6月30日までの契約を結び、加入時の背番号は7と発表しています。
クラブのスポーツディレクターは、塩貝選手についてスピード、インテンシティ、強いプレッシングを特徴として挙げました。
慶應義塾大学へ進学してから約3年。大学サッカー、J1、オランダを経て、20歳でブンデスリーガまで進んでいます。
塩貝健人は21歳でワールドカップ日本代表に選出
ブンデスリーガへ移籍した2026年、塩貝健人選手のキャリアは日本代表でも大きく動きます。
21歳でFIFAワールドカップ2026の日本代表メンバーに選ばれ、本大会にも出場しました。
2026年ワールドカップ日本代表に選出
塩貝健人選手は21歳でFIFAワールドカップ2026の日本代表メンバーに選ばれました。
JFAのFIFAワールドカップ2026日本代表メンバーでは、VfLヴォルフスブルク所属の選手として登録されています。
21歳で世界大会の代表メンバー入りを果たしたことで、塩貝選手の名前を初めて知った人も多かったのではないでしょうか。
オランダ戦でワールドカップ初出場
ワールドカップではグループステージ初戦のオランダ戦で途中出場し、本大会デビューを果たしました。
グループステージ初戦のオランダ戦では84分に途中出場し、FIFAワールドカップ本大会のピッチに立ちました。
大学1年だった2023年から振り返ると、わずか数年で大学サッカー、J1、エールディヴィジ、ブンデスリーガ、ワールドカップまで経験したことになります。
ウルグアイ戦で日本代表初ゴール
2026年9月24日のウルグアイ戦で、A代表4試合目となる初ゴールを決めました。
塩貝選手は83分から途中出場し、1-1で迎えた後半アディショナルタイム1分に勝ち越しゴールを決めました。
JFAの試合レポートによると、伊東純也選手のパスを受けて上田綺世選手との連係から抜け出し、右足でゴール右隅へ。日本は3-1でウルグアイに勝利しています。
NEC時代にも途中出場からリーグ11得点を挙げており、日本代表でも限られた時間で結果を残しました。
塩貝健人の経歴が注目される理由
塩貝健人選手の経歴は、単に若くして海外へ渡ったというだけではありません。
高校卒業後に大学へ進み、大学1年で評価を高めた後、決まっていたJ1への進路を変更して海外へ。そこから数年でブンデスリーガとワールドカップまで進んでいます。
大学進学から約3年でブンデスリーガとW杯へ
塩貝健人選手は、大学進学から約3年でブンデスリーガとワールドカップの舞台まで進みました。
高校卒業後は慶應義塾大学へ進学し、1年で関東大学リーグ3部得点王。その後、横浜F・マリノスへの加入内定とJ1出場、19歳でNEC、20歳でヴォルフスブルク、21歳でワールドカップ出場と短期間で舞台を変えています。
代表戦で初めて塩貝選手を知った人ほど、「この選手はどこから出てきたの?」と感じやすい経歴です。
Jリーグ正式加入を待たず海外へ渡った決断
2027年の横浜F・マリノス加入が内定していながら、正式加入を待たず欧州挑戦へ進んだことも大きな転機でした。
横浜F・マリノスでプロになる道はすでに決まっていましたが、19歳でNECへ移籍。そこで約1年半に42試合14得点を記録し、その後ヴォルフスブルクへ移籍しました。
結果だけを見ると一気に駆け上がったように見えますが、その途中には進路を変えて海外へ挑戦する選択がありました。
大学生だった選手が数年後にW杯とブンデスリーガの舞台に立っている。この急速な変化こそ、塩貝健人選手の経歴が注目される大きな理由です。
記事のまとめ
塩貝健人選手のwikiプロフィールと、慶應義塾大学からブンデスリーガ、日本代表までの経歴を紹介しました。
- 2005年3月26日生まれの21歳・東京都出身
- 身長180cm・体重77kgのFW
- 國學院大學久我山高校から慶應義塾大学へ進学
- 大学1年で関東大学リーグ3部の得点王・新人賞・ベストイレブン
- 大学1年で横浜F・マリノスへの2027年加入が内定
- 正式加入を待たず19歳でNECナイメヘンへ移籍
- NECでは約1年半で公式戦42試合14得点
- 20歳でVfLヴォルフスブルクへ移籍
- 21歳でFIFAワールドカップ2026日本代表に選出
- 2026年9月24日のウルグアイ戦でA代表初ゴール
高校卒業時にそのままプロへ進むのではなく、大学へ進学してから急速に評価を高めた塩貝健人選手。横浜F・マリノスへの加入が決まった後も進路を変え、19歳で海外へ渡りました。
NECで結果を残し、20歳でブンデスリーガ、21歳でワールドカップへ。代表初ゴールまでの流れをたどると、ここ数年で一気に注目を集めるようになった理由が見えてきます。

